スバル(株式会社SUBARU)の歴史と歩み

やあ (´・ω・`)
ようこそ、スバル期間工 第2ホームページへ。
このお茶はサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

このページは「釣り」では無いんだ。済まない。
このページもあのページも本物だ、謝って許してもらおうとも思っていない。
採用ページ全体はコチラだ。

でも、このページを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい
そう思って、このページを作ったんだ。

スバルで働いていくにあたり、スバルの歴史を知っておくことは大切です。
この場では文字でスバルの歴史をお伝えしたいと思いますが、直接観たいという方は
矢島工場に併設されているスバルビジターセンターを訪れてみてはいかがでしょうか。
事前予約が必要ですが一人でも見学することができますよ。

スバルの原点は飛行機である。

スバルの原点は飛行機である。
この歴史も2013年ぐらいまでは知らない人も多かったのですが、
これを知ればピンとくる人も多いでしょう。

・九七式戦闘機
・一式戦闘機「隼」
・四式戦闘機「疾風」
・艦上攻撃機「天山」
・艦上偵察機「彩雲」
・特殊攻撃機「橘花」

某戦艦の擬人化ゲームでも活躍する戦闘機達、
これらを製造していたのが中島飛行機株式会社です。
そしてこの中島飛行機こそがスバルの原点なのです。

スクーターから軽自動車へ

第二次世界大戦終戦後、 連合軍総司令部(GHQ) に航空機の研究・製造の一切を禁止された中島飛行機は富士産業株式会社として平和産業へ舵取りを行います。

そんな富士産業時代に製造され、人気を博したのがラビットスクーターです。
戦後混乱期を支えた車輌ですがラビットスクーターと言われてもピンとくる方は少ないでしょう。
ある程度年齢が高い方なら「少年ジェット」で登場したスクーター、
近年で言えば「ALWAYS 三丁目の夕日」に登場したと言えば分かるでしょうか。

スクーター以外にも飛行機製造で培った板金技術を用いたバス製造も行っていました。
現在、スバルではバスの製造は行っておりませんが当時造っていたリアエンジンバスは
現在我々が利用しているバスでも主流のエンジンタイプとなっています。

順調にみえた富士産業でしたが、1950年5月に連合軍総司令部(GHQ)の財閥解体命令によって会社を解体されてしまいます。(命令自体は46年9月)
この時、富士産業は15社以上に散りぢりとなりました。
しかしその後、散りぢりになっていたうちの5社が再集結し
1953年に設立したのが富士重工業株式会社です。
SUBARUのエンブレムである「六連星(むつらぼし)」はこの時再集結した
富士自動車工業、富士工業、大宮富士工業、東京富士産業、宇都宮車輛の5社と
富士重工業を表していて「5社が集まって1つにまとまった」という意味も込められています。

その富士重工業で最初に造られたのが「スバル1500」。しかし諸般の事情により市販化を断念。
新たに開発されたのが傑作機「スバル360」です。
*スバル1500はスバルビジターセンターで観ることができます。

傑作機スバル360

世界の大衆車(マイカー)といえばT型フォードでありフォルクスワーゲン タイプ1 です。
タイプ1 の生産台数2100万台はとてつもない大記録です。

その一方で、日本にマイカーという言葉を生み出し普及したのが「スバル360」でした。
タイプ1の「ビートル」に対して「てんとう虫」の名前でも親しまれました。
今でも愛好家が多く、時たま街中で見かけることもあります。

「スバル360」の強みは量産型の軽自動車として初めて大人が4人乗れた点と軽快な走行性能です。
これにも中島飛行機での経験が活かされています。

また、車両価格が小型車でも100万円だった時代に42.5万円と半値以下で売り出したのも
広く支持された理由の一つです。 生産終了までの12年間で約39万台もの生産がされました。

余談にはなりますが「スバル360」の最初の顧客が、松下幸之助氏(旧:松下電器 現:パナソニック)というのは有名なエピソードですね。

水平対抗エンジンと軽自動車との別れ

スバルと言えば 「水平対向エンジン」ではないでしょうか。
スバルの代名詞とも言えるこのエンジンは、 左右対称に並ぶピストンの動きを
ボクシングの動きに見立て通称「ボクサーエンジン」とも呼ばれています。

スバルでこのエンジンを初めて採用したのが日本初のFF乗用車「スバル1000」です。
以降、「レオーネ」「レガシィ」「インプレッサ」と名だたるスバルの名車に搭載されました。

※ 水平対向エンジン※

一方で、スバル360の技術を応用し生産された「サンバー」などの軽自動車ですが
2012年にスバル社として軽自動車全般の生産を終了しました。
理由として水平対向エンジンを用いた車種に経営資源を集中するためです。
スバル360から54年間にわたり、9車種、約796万台を生産しスバルの屋台骨を支えた
軽自動車とはここでお別れとなりました。

際立とう2020

スバルは2014年に新中期経営ビジョン「際立とう2020」を発表しました。

スバルが持続的に成長していくために、
「大きくはないが強い特徴を持ち質の高い企業」を目指し、その実現に向けて
「スバルブランドを磨く」「強い事業構造を創る」の2つ柱を設けました。
富士重工業株式会社から株式会社SUBARUに社名変更したのもこの実現のための一つです。

現在スバルで生産されている「インプレッサ」「レヴォーグ」「フォレスター」といった車種に搭載される革新的な技術や想いの原点は、スバル360やラビットスクーターの時代と変わらないでしょう。

次の時代のスバルを創るのはあなたかもしれませんよ。

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